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やりたくない職業

やりたくない職業は、翻訳会社の社員かもしれない。

私は常々中日訳のチェックは断りたいと思っているけれど、それは
辟易するような悪訳がくるからである。
そういう仕事をしていると、こちらの日本語のセンスがだんだんと破壊されていくような気がする。
たまにやる分には、それほど害はなさそうだけれど、そういうものを日常的に目にし続ける翻訳会社のチェッカーだとか、コーディネーターだとかは、苦しい職業だろうと思う。(もう年齢的に雇ってもらえることもないと思うけれど)

よく、掲示板などで、「翻訳者になりたければ、翻訳会社にまず勤めるとよい」などと書いている人がいるけれど、
本当なのだろうか。そこで悪訳に慣れ、まともな日本語感覚がどのようなものか、分からなくなってしまったりすることはないのだろうか。
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by ymznjp | 2011-07-30 10:42

怖い世界

このところ、翻訳フォーラムで話題になっていたので、レビューを見てみた。

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4270006501/buckeyethetra-22/ref=nosim

何ともすごい話である。

エキサイト翻訳にかけて、語尾をちゃちゃっと直しただけで納品した科学系翻訳グループってどういうところだろう。
「科学系翻訳グループ」と言いながら、科学の知識も翻訳の技術も用いないでやっつけ仕事をするのでは、素人と何ら変わりがないではないか。
時間や予算にきびしい制約があったのかもしれないから、不用意なこと
を言うことは避けようと思うが。

それ以外の部分の翻訳を手掛けたのは、その道の学者らしいので、通常の翻訳業務とは事情が異なるのだろうけれど、これとどこかでつながるような打診が最近多いような気がする。

経費を節約するためか、翻訳メモリに入れる専門用語や定型文のデータを大量に安値で作ってほしいとか、安値で他の人にデータを作らせたけれどまともなものができなかったので、これもまた安値でチェックしてほしいとか、
さらには、中国の翻訳会社など、安値でも引き受ける会社に依頼したが、日本語としてなりたっていない訳文が納品され、クレームを入れてもらちがあかないので、修正してほしいとか。そして、そういう打診にかぎって、それまでのすったもんだで無駄に手間取ってしまったせいか、時間的な余裕もないのである。この手の打診がここ一年くらいの間に何度もあった。


第一、翻訳をする上で一番骨が折れる専門用語等の調べ物の部分を安値・短納期で受ける人たちに任せたら、そりゃだめでしょうと思うのだが、それを安値で発注してしまうのは、調べ物は技術のいらない単純作業だとでも思っているからなのであろうか。翻訳をある程度している人なら、原文を深く読み込む力がなければ、多くの情報の中から適切な訳語を拾い出すことができないことはわかっているはずである。(と思う)

安値で発注して役に立たないものしか入手できなかったから、さらに安値でそれを何とかしようとして、その結果、損失ばかりが増えていくという、泥沼のような悲惨な事態がそこここにあるらしい。

そんな恐ろしい世界には、足を踏み入れないように注意したいものである。
(正直なところ、そんな達成感もやりがいもない世界でもみくちゃにされるくらいなら、翻訳者なんてやめたほうがマシだと思う。)
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by ymznjp | 2011-07-29 21:49

私だって、すでにこの道、10数年。

一応、プロ。まあ、そこそこベテラン。畏れ多くも、
おほめにあずかったことも、何度もある。

でも、何も考えてこなかった。

経歴を送信する。場合によってはトライアルを受ける。仕事をもらう。その後、繰り返して仕事をもらう。

それだけだった。

最近、よその翻訳者さんのブログをいろいろ読んでいるが、みなさんずいぶんいろいろ考えているのね。
だけど、私とは何だかみんな別世界の人みたい。

特に、そこで言われている「中国語業界」って何?
「翻訳業界」って何?それってどこにあるの?
誰がしきっているの?
そのほかにも、「語学の仕事をする資格がある(←実際の××何級とか、そういう資格のことではないと思う)」とか「ない」とか。
納得してお金を出してくれるお客がつけば、「資格がある」のじゃないの?
それだけじゃないの?

みんな仕事のため、その「中国語業界」や「翻訳業界」に気を使っているようだ。


でも、私の場合、お客様である「翻訳会社」と自分との関係と目の前の案件のことしか、考えたことがない。
翻訳会社には「中国語業界」(そういうものがあるとして)とはつながっていないところが多いし、
そういう会社の人が訳文を読んでなかなかよくできた文書だと思えば、それで仕事は来る。
だから少なくとも、中国語翻訳者になるには、「中国語業界」とわたり合う必要はない。

それに、私がある翻訳会社で評判がよかったとしても、それが他の翻訳会社に自動的に伝わることはないようだし、逆もまた同様なのである。だから、「翻訳業界」なるものも気にする必要はない。

翻訳だの、語学だのの勉強のしかたなども、難しく考えたことはないし、決まったやり方があるとも思っていない。
大学時代、せっせと文法書を読んだり、教科書を暗記したりして、身に付けた知識を活用して、
自分の日本語にしているだけ。翻訳学校にも通ったことはないし、誰かに師事したこともない。
それに、そういう必要性も感じなかった。

通訳だってたぶん同じことだと思う。「業界」や他人が認めなくたって、
クライアントが認めてくれさえすれば、それでよいのだし。


ね、そんなに難しいことをいろいろ考えなくちゃ、この仕事はできないものなの?
それとも、それが分かっていれば、私も今頃もう少しマシな立ち位置にいたのかしら。
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by ymznjp | 2011-07-28 17:34

やっと一息

先週の水曜日に娘と一緒に「コクリコ坂から」を見にいってから、仕事2件をこなしたり、三浦半島の果てまで法事に行ったりして、あわただしく数日がすぎてしまった。

見たいDVDもあるし、読みたい本もあるのだが、とりあえず一息ついてから、家事をすませてしまわなくては。

「コクリコ坂」は、娘が見たいというから見にいったのだが、私にはそれほどおもしろくなかったかも。
娘はなかなか雰囲気があってよかったと言っていたけれど。

レビューを見ると、「ある年齢以上の人の方が、ノスタルジーを感じられるのかもしれない」と書いてあった。
確かに舞台は横浜だし、私が生まれたころの話だし、ああいう風景は実に親しいものなのだけれど、
それでかえって息苦しくなってしまったのだ。

港町特有の見通しが効かない起伏にとんだ道。
通りの果てを塞ぐ海。
山の間に通る狭苦しい道の両側にごちゃごちゃ並んだ商店。
どこかに行こうと思ってもすいすいと簡単には行けないような閉塞した場所。

昭和時代の家も、美しくなつかしいもののように描かれているが、
ああいう家は、実際には一生懸命掃除をしても、すっかり清潔にはならないものなのだ。
タイル張りのシンクの目地には汚れがしみつくし、
くみ取りトイレからは糞便とサンポールのにおいが入り混じって漂ってくる。
裏道には、バスクリンの色がついた風呂からの排水と台所の食べ残しがいっしょくたになって流れるどぶ川があるに違いない。絵をみるだけで何だか臭ってきそうだ。

10代の私は一人ひっそりと輾転反側しながら
そういう生まれた場所を抜け出す算段をしていたのだ。

やっと抜け出した場所にノスタルジーなど感じるものか。

ネットでレビューをみていたら、20歳の人が「私が好きな時代が舞台となっている」と書いていたが、
あんたが好きな「あの時代」と実際の「あの時代」は違うのよ、フン、とつい思ってしまった。
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by ymznjp | 2011-07-25 11:58

はやくも夏バテ

この一週間、仕事が途切れていたのだが、
したいと思っていたことが全くできていない。
三連休、家族4人、一日3回の食事の支度だけで精いっぱい。
夏も始まったばかりだというのに、もうばててしまって本当に情けない。

以前、ちらと明天会更美好さんがブログのコメントの中で、
日中の歴史を子供にいつか教えたいというようなことを書いていらっしゃったと思う。
我が家や明天会更美好さんのお宅などでは、
それが子どもを育てる上で一つの課題となるのだが、
そうは言っても、わが子に面と向かい合って、「日中の現代史」について語るまたは教えるということは
実に難しいことだ。

そこで、劇団四季の「昭和の歴史三部作」というミュージカルのDVDを購入した。
子供たちはまだ学校が夏休みに入らず試験などで忙しそうなので、まず私が一人で見てみようと思ったのだが、
これがなかなか見終わらない。

暑い部屋で一人華やかさのないミュージカルを見ていると、つい眠ってしまう。
内容がおもしろくないわけではないのだが、体調が悪い時に見るのはつらい。
それに遠目に見ることを想定した舞台化粧の顔をアップで見続けるのも存外につらい。

一週間ずっと「見よう、見よう」と思いつづけ、見始めては眠り、起きてはまた見ることを繰り返した結果、「李香蘭」と「南十字星」を見終わり、「異国の丘」があと半分。

大東亜共栄圏の欺瞞とそこにあった思いあがり。
中国やインドネシアの人々の思いとたたかい。
そして、そこで日本人も傷ついたこと。
そういうことが分かりやすく、伝えられるミュージカルだと思った。

ぜひこの夏休み、息子と娘と一緒に見ておかなくては。そう思うのだけど、今はちょっと。


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by ymznjp | 2011-07-19 14:21

四半世紀を飛び越える

先週の日曜日、都内に行った。
九州に住んでいて大学卒業後、会っていなかった友人が上京したので、
いつも集まる大学のクラスメート4人と合わせて5人で食事をすることになっていたのだ。

思えば四半世紀会っていない。
年賀状のやりとりはしていたが、
以前と同じように話せるだろうか。別世界の人になってしまっているのではないだろうか。
そんな懸念をいだきつつ、有楽町で電車をおりて、銀座に向かった。
銀座には別の友人が勤める中華レストランがあって、そこで落ち合うことになっていた。

レストランの入口をはいったところにあるベンチに、いつも会う友人2人と九州から来た友人がもう到着して座っていた。

一目みた瞬間、「あ、ぜんぜん変わらないね」と思わず言った。
相手も私を見てそう思ったらしく、
「あ、●●ちゃん(私の名)、全然変わらない」と笑顔で言った。
他の友人2人も「でしょう?変わらないよね」と。

他人から見れば、どちらもまぎれもない正真正銘のおばさんである。
大学生の小娘と変わっていないはずがない。
でも、もうその時から、お互いに「大学生の時の顔」しか見えていなかった。
友人が勤めるレストランの心づくしの珍しいお料理をいただきながら、あっという間に数時間が過ぎた。

会食後、他の友人と別れて、九州からきた彼女と上野まで帰途を共にした。
おしゃべりの続きを束の間楽しんだ後、別れを惜しむことさえしないで、あっさりと「じゃあ、またね」と上野で別れてしまった。

次に会うのはいつだろう。でも、なんとなく大学時代のようにまた明日にでも会えるような気がしていたのだもの。
でも、きっとまた来るよね。
これからは子供たちもだんだんに手を離れてお互い身軽になるのだから、きっと。
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by ymznjp | 2011-07-11 16:48

十分に責任あるよ

朝からコレを読んでもやもやした。

「女とサッカーにしか興味がないから、選挙にもいかない」人が「責任は日本政府にある。だから自分たちには関係がない」と言うとはね。
意思表示をする手段があるのに、それを行使しなかった時点で、責任があるではないか。
なんでこの中国人もそれを聞いて納得してしまうのだろう。

なんだろうね。
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by ymznjp | 2011-07-01 06:51