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今年ももうすぐ終わります。

不況とはいえ、私にとっては、よくもなく悪くもない平凡な一年でした。
こういうご時勢ですから、何もなければ、もうそれだけで上出来でしょう。

ずっと何年も前からお世話になっている翻訳会社の方、
今年から取引が始まった翻訳会社の方、
ここにいらっしゃってくださる方、
皆様に感謝して、今年の締めくくりとしたいと思います。

除夜の鐘が聞こえてきました。
 
故郷では、もう年越しの船の汽笛が港に鳴り響いているでしょうか。

明日、早朝、中国に出発しますので、もう就寝します。

では、また来年お会いしましょう。
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by ymznjp | 2010-12-31 23:51

忙しいのに動かない

12月は11月ほど仕事の密度は高くなかったが、仕事がぼつぼつと途切れずにあり、28日まで仕事をした。
28日は3本納品。

11月、12月と大きな仕事が入りそうだと期待しながら、どれも取り逃がしたが、
それでも、薄く広く複数のお客様とおつきあいできたし、後のためにつながりができたかもしれないから、かえってよかったのかもしれない。

28日に仕事が終わったあと、あれもこれもしなくてはならなかったのだけど、
結局は、台所の拭き掃除と駐車場の掃除、あとは年賀状作りをしただけで、もう何もやる気がしない。だって、部屋の外は寒いんだもの。
「お正月はどうして冬なのかしら。暖かい季節なら、年末の掃除もがんばれるのに」と言うと、
娘と夫に「ありえない。怠けものは正月がいつだって怠けるに決まってる」言われた。どうしてこの二人は普段は気が合わないのに、こういう時には意見が一致するのだろう。

明日は、日本においていく息子のために若干の買い物をして、
夕食はお寿司を買って食べて、楽をしようと思う。

それで何をやるのかと、昨日から見始めた「烟雨蒙蒙」(古い!)の続きを見るのである。全40話。暇もないのに何をやっているんだろう、私。

でも、もういいの。別にそれでも困ることはないのだから。
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by ymznjp | 2010-12-30 23:29

10日くらい前、とれると思っていた年末年始の仕事が発注にならなかった。
その後、子供の面談にも行ったが、そこでのやりとりにも何だかもやもやしたものを感じ、気持ちが晴れない日々を送っていた。

事件の後、娘の学校では予定通り年末の面談が行われた。面談期間中は学校が休みになり、その後、また年末の補講が行われる。
面談休みの間、娘はケガをしたお友達に連絡を取ったほうがよいのかと迷っていた。
「どういう気持ちでいるかわからないから、やめておいたら」と私が言うと、娘もそう思っていたようすで電話もメールもしなかったようだ。

面談の休みが終わって、数日ぶりに登校した娘の話によると、
件の友達は、事件の翌日からの面談休みの間に海外旅行に行って、その日はニコニコしながら、お土産を配っていたとのこと。娘もお菓子をもらったということで、私に見せてくれた。
 
「ずいぶんケロリとしているな」と驚きもしたが、ほほえましくも思った。
あんなこと、いつまでも引きずっていたって、何の意味もない。

最近は、年末の街に出ると、何とも暗く、いたるところに瘴気が満ちているようにさえ思われてくる。
今度の事件もそうした時代の空気を濃厚に反映したものだったが、若い子供たちの生命力はそんなものに傷つくことさえなく、跳ね返して耀き続けるのだろう。

そう思うと、私がこだわって鬱々とした気分になっていた些細な物事が、どれもつまらないことに思え、晴れやかな気分になってきた。

さあ、今年もあと少し、笑顔でがんばろう。
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by ymznjp | 2010-12-27 12:29

土曜日の午前中には、学校の保護者会に行ってきた。

いつも通り、いつものバス(事件のあった同じ路線のバス)に乗って、いつもの学校の裏門までの道を歩いて、学校に行った。違っていたのは、報道陣がいたこと。
学校にいそぐ保護者たちにインタビューを求めていたが、無視して学校に入る。

説明会は、事故の経緯と生徒への今後の対応、質疑応答と進んでいった。
質疑応答では、警備員をおいてほしいとか、通学路での教員の巡回を増やしてほしいとか、いろいろな要望が出たが、最後のほうで、ある保護者が「これはどこでも起こりうること。学校の責任ではない。過剰に反応して、お金のかかることをしたり、生徒の管理を強めたりしないほうがよい」と発言していたが、本当にその通りだと思った。

学校の側としては、「リスクに対処する」姿勢を見せなければならないのだろうが、
どれだけあるかわからない小さなリスクに対応するために、あたりまえの暮らしを犠牲にして萎縮してすごしてはいけない。それよりも、この年代にしかできないことをのびのびと経験してほしい。リスク管理に過剰に手間をかけるより、本来の教育のために、先生方の労力を使ってほしい。
たぶん、それが多くの保護者の願いではないだろうか。

保護者会のような場では積極的に要望を出す保護者が目立つものだが、大多数の保護者は冷静に経緯を見守っているような印象を受けた。
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by ymznjp | 2010-12-20 10:37

朝からびっくり

子供二人を送り出し、今日納品のファイルを送信してから、片付けもせずにネットで遊んでいると、電話がなった。時計をみると9時すぎだった。こんなに早くから仕事の電話かなと思いながら出てみると、中国出張中の夫からだった。


「T(娘の名)は大丈夫?」
「大丈夫って何が?」
「取手駅で人が何人も刺されたって。女子高生も刺されたらしいよ」
「え、それはいつのこと。うちの子たちは誰も何も言ってなかったよ」
「今だよ、ニュース見た?」

とりあえず、電話を切って、ニュースを見ようとテレビをつけたが、どこもニュースはやっていない。Yahooのニュースを見てみると、はたしてその記事があった。

記事を読むと、うちの娘の学校に行くバスで通り魔があったとのこと。
「16歳の女子高生などが被害に遭った」と書かれている。
えっ。事件があった7時40分には、娘はとっくに駅を通過しているはず。だけど、もしいつもの電車に乗り遅れて次の電車に乗ったらちょうどその時間に駅付近にいるはずだ。
でも、その時間ならまだ遅刻の心配もないし、うちの娘はケチだから、おそらくバスには乗らないで歩いて学校に行くだろう。

一瞬、学校に電話してみようと思ったが、学校も取り込み中だろうから、次に配信されてくるネットの記事を待つことにした。
そうこうするうちに学校からのメールがきた。被害に遭った生徒の保護者には連絡済みとあった。うちには連絡がきていないから、娘は大丈夫だったのだろうと胸をなで下ろした。
夫にとりあえず連絡をして、片付けものをしようとしていると、娘のピアノの先生から、「Tさんは大丈夫ですか」との電話がある。ピアノの先生のご主人は娘の学校の先生だ。朝、学校にいるご主人から事件があったという連絡があって驚いたとのことだった。

ピアノの先生からの電話を受けた時に、私の実家の両親もニュースなどで見たら驚いてショックを受けるのではないかと思い当たった。そこで、実家に電話して「ニュースで報道されるだろうけど、Tは大丈夫だからね」と知らせておく。

そうこしている間にもう昼近く。
今日納品の仕事を送信したら、買い物に行って、年賀状を作って、「断捨離」もするはずだったのに。

でも、そんなことより、うちの娘に何もなくて幸運だった。
ケガをされた子たちも大きなショックを受けていないといいのだけど。
いいニュースがなくて、悲しい世の中だね。
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by ymznjp | 2010-12-17 11:52

お弁当袋を買ったけど

娘の学校では、学校のバッグのほかにお弁当用のバッグを1つだけ持つことができる。
今は娘が自分で選んだハローキティのバッグにお弁当を入れている。
でも、それにお弁当、お茶を入れたボトル、ティッシュ、ハンカチなどを入れると少し小さすぎるように見えた。
そこで、買い物に行ったついでに写真のバッグを購入した。
かわいいし、今のバッグよりも1まわり大きめで、きっと喜ばれるだろう思った。
…でも、喜ばれなかった。

「え!?何それ、そんなブタがドカンと付いているバッグなんか持てるわけないでしょう?いらない」

それを見て、物にはこだわらない息子までが「高校生にもなってそれを持つのはハードル高いよ」などと言っている。

なら、いいよ、私が使うから。今は出かけるときに革製のショルダーバッグを使っているが、それに荷物が入りきらないときに2番目のバッグとして持つのにちょうどよい。

でも、そんなに「恥ずかしいバッグ」なのだろうか。
私はこの年で持っても別に恥ずかしくないし、たぶん、高校生だったとしても、恥ずかしくないと思うのだけど。



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by ymznjp | 2010-12-09 14:48

結局、11月は最後まで暇にならなかった。
11月の末から昨日まで、とても難度の高い案件の翻訳をしていた。
中国語がわからない翻訳会社の担当者は、「そう難しいものではない」と言っていたが、
実際は数年に一度くらいの難しさだった。
出すときに一言「これはかなり難度の高いものでした」とコメントを付け加えようかと思ったが、自分の無能さをさらしているようなものなのだと思い直して、特に何もコメントを付けずに出した。

それを出してやっと暇ができたと思ったのだが、少し前に電話があって、また仕事。
でも、納期はきつくないから、昨日から読み出した本も続けて読むことができるかもしれない。

話は変わるが、知らない間に、娘がベネッセの環境小論文に応募していて、こんな賞をいただいた

読んでみて、確かに「見たくないものを見ないですむような環境にすんでいるから、ものごとを考えない」ということはあるかもしれないと思った。
ゴミだけでなく、死とか、貧困だとかについても、私たちの目には見えにくくなっているから、深く考えないで済ましてしまっている。でも、だからこそ、うまく生きられないし、よりよい社会を作るために考えることができないということもあるのかもしれない。
心地よさばかりを求めたことで、忘れられている大切なことがいくつもありそうだ。
う~ん、考えさせられるな。
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by ymznjp | 2010-12-03 13:25