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大きい「お子さま」

中学や高校では、学校側は在学生のことを「生徒」と呼ぶことが多い。

でも、予備校では「お子さま」と呼ぶようだ。

先日、予備校の父母会を欠席した時、予備校に電話をかけた。
「今日は体調が悪いので欠席したいのですが、資料は後日いただけますか」と尋ねると、
「はい、後日、お子さまにお渡しします」とのこと。

昨日、息子が持ち帰った予備校のアンケートにも、「お子さまは予備校の様子をよく家で話しますか」などと、何度も「お子さま」という言葉が使われていた。

「お子さま」といわれてもねえ。
うちのこの髭面の大きな息子が「お子さま」ですか…?

たぶん、学校と違い、予備校にとって、在学生やその親はお客様なので、上から目線で「生徒」などとはいえないのだろうが、この「お子さま」をみるたびに、あまりにも息子には不似合いで笑ってしまうのだ。

23日の祝日に、息子の通う予備校主催の模擬試験があった。
うちのぼんやり息子はまた受験票が見つからないと言って探し回っていた。
「予備校が主催する模擬試験だから、なくしましたと言えば、まさか受けられないことはないんじゃない?なにしろ、あんたたちは『お子さま』って、『さま』がつくご身分なんだから」というと息子も「お子さまはないよなあ」と苦笑していた。

結局、受験票を持たないででかけて行って、そのまま無事試験が受けられたようだが、
それにしても、今からこの調子では、来年も本番が思いやられる。
やっぱりこの子はまだ「お子さま」なのかな。
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by ymznjp | 2010-11-25 13:07

やっと一息

今夜、2件納品して、先月からずっと続いていた仕事がやっと途切れた。

明日は外出して父の誕生日に間に合うようにお酒を送りに行く。
それ以外にも、ずっと買おうと思ってまだ買っていない旅行用の鞄も見に行こう。

何度も書いていることだけれど、冷静に考えると私がしゃかりきになって働く必要はないのに、また、しゃかりきになって働いてしまった。

仕事以外のさまざまなことにも目を向けて、彩り豊かな生活をしたいと思っていたのに、この一月を振り返ってみると、
予備校の父母会は欠席したし、書道教室は休んだし、娘の学校からチケットをもらっていた胡弓のコンサートにも行かなかった。

仕事が忙しかったという理由以外にも、風邪で咳が止まらなかったという理由もあるのだけれど、これほど風邪が長引いたのは、仕事で過労状態だったからだとも言える。

いつのまにか、11月も残すところ1週間となったが、できればゆっくりと過ごしたい。
映画の「レオニー」も見に行きたいし、新しい携帯と新しいパソコンを買ったので、それでのんびりと遊んでみたい。今まで私の携帯は通話しかできないようにしてあったのだが、メールやネットもできるプランに変えたので、早速、近所のお友達とメルアド交換をした。(いまさらだけど、やっと人並みになった私)
「これから年末だし、また食事に行く予定でも考えて連絡取り合いましょうね」と言ったりしたが、みんな今年は忙しそうだし、どうなることだろう。
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by ymznjp | 2010-11-23 22:18

一日休んで

金曜日は一日休んで、車の修理と携帯の機種変更のために出かけた。
家に帰ってからも、新しいパソコンの梱包を開けたり、片付けものをしたりしたかったのだけれど、本1冊読んで後は寝てしまった。
土日はまた仕事。ファイルを開けてみたら、本当に面倒くさそうな案件だけど、仕事がもらえるってありがたい。むりやりにそう思って今日もがんばる。


↓これは娘がディズニーシーで買ってきてくれたダッフィー。仕事机の電気スタンドにぶらさがって、私の仕事ぶりを見ている。
ダッフィーなんてしらなかった。かわいい。シェリーメイもほしくなってきた。

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by ymznjp | 2010-11-20 09:21

夢のように過ぎた日々

ひところは、暇だ暇だと言っていたのに、ずっと仕事が立て込んでいる。
さらに月初に引いた風邪も治らない。

休みたいなと思いつつ、たいして休めず、仕事をがっつりやって終わりにしたいのに、思うほど進まず。気がついたら、今月も半分終わっていた。

暇な時にいろいろと以前の生活を反省していたのに、元の木阿弥。

そんな忙しい中、土屋賢二先生のファンである娘にせがまれて、
母校の学園祭に行ってきた。
私たちの時代に比べたら、ずいぶんと軽い雰囲気の大学になったように思えたが、それは私が年をとって過去を美化してしまうようになったせいなのだろうか。

娘の希望通り、バイオサイエンス研究会の子たちの研究発表を聞いて、土屋先生と外山 滋比古先生のシンポジウムを聞いて、その後、生活科学部の模擬授業を聞いて帰ってきた。(チャラチャラした企画には立ち寄らなかった)

大学の中を歩いていると、四半世紀前と全く代わらない光景がそこここにあり、
突然、胸が苦しくなるような、めまいがするようなフシギな感覚に襲われたりもした。
いつのまに、こんなに時間が経ったのだろう。
学内は撮影禁止なので、帰りに正門のところで娘の写真を撮った時にも、フシギなめまいがした。
この門の所に立っている子が私で、私が知らないおばさんなのではないかと、一瞬思えてしまったのだ。

帰りに娘に大学の印象を聞いたが、「本館の建物はすてきだったけど(本館はきれいに改修されていた)、私はもっといい大学に行こうと思ってる。それにママみたいに夢のない仕事をしたくないから」とのこと。

何だか、学歴も職業も、全否定されてしまったようにも思えたが、なぜか
深く頷けもした。
心から、今の私の人生よりもずっと幸せに生きていってほしいと思っているから。(ま、私も別に不幸じゃないけど)

★★ああ、風邪っぴきなのに、今日もこれからまた一仕事。
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by ymznjp | 2010-11-15 16:21

来年の正月に、ほぼ5年ぶりで中国に行くことになった。
娘は、私が最後に行った年の前年、義母の葬式の時に行ったのが最後だから、6年ぶりになる。

どうしてそんなに間が開いたかといえば、娘が中国に行きたがらなかったからである。
その間、息子のほうは、夫と中国に行ったのだが、娘を一人で置いていけないから、私もずっと行かなかった。

娘が行きたがらなかった理由はよく分からない。
学校の用事が忙しかったこともあるかもしれない。
でも、思春期の娘が中国に複雑な気持ちを持っていたことが一番の理由だったように思う。
こういう日本の状況の中では無理のないことだったのかもしれないが、義父が娘のことを気にかけているにもかかわらず、娘が何年も義父に会わないでいる状況に私たちも少なからず心を痛めていた。
そうは言っても、幼ければ荷物のように抱えてでも行けるが、
大きくなった娘が行かないという以上、首に縄をつけて行くわけにもいかなかったのだ。

それが先日の早朝、私が子どもたちの弁当を作っていると、
娘が起きてきて、「ねえ、こうやって私が行かない間に、ヤヤ(爺爺)が死んでしまったらどうしよう。
中国に行かなくていいの?」と妙に神妙な顔をして言うのである。

娘が学校に行った後、起きてきた夫にそのことを言うと、「ま、あと5年は死んだりしないだろう。あはは」と言っていたが、今年か来年に行かなければ、また娘の受験の時期がきてしまい、行けなくなってしまう。それでは、今年の正月にでも、行ってこようかということに話が決まった。
受験勉強中の息子は置いていくことになった。もう19歳になるのだから、大丈夫だろう(本当に大丈夫かな)。

それにしても、どういう心境の変化だろうか。
今の学校には、中国人の友人が何人もいて、そのこたちは中国語も話せるし、しょっちゅう中国に行っていて、中国のことにも詳しいのだという話をしていたことがあった。
たぶん、そういう子たちの影響を受けたのだろう。

ということで、娘はまた10月からラジオの中国語講座を聴き始めたようだ。
一言でもヤヤと話せるといいね。
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by ymznjp | 2010-11-03 23:22

潮目が変わった?

気がついたら、10月が終わっていた。
10月も後半以降、仕事が途切れずにあり、全体で見てもそこそこ忙しくすごした。
1年くらい仕事が途絶えていたあるエージェントからの依頼がなぜか復活したことも、その理由のひとつだ。
難しい仕事ばかりが来るが、低料金ではそういう仕事に対応可能な翻訳者がなかなか見つからないのかもしれない。

でも、やっぱり全体的に見ると、世の中は相変わらず不況のようだ。
かせいだお金は気前よく使って世の中に還元しよう。
ちょうど金にうるさい夫も出張中だから、今日の納品が終わったら、新しい旅行用のボストンバッグと靴を買いに行く予定。(今年のお正月は杭州にいくのよ。)
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by ymznjp | 2010-11-02 09:26