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昨年までは仕事がいつもオーバーフローしている状態だったので、面倒くさい作業が付帯してくる仕事は断っていた。
傲慢だと思われるかもしれないが、正直なところ、「作表みたいな付帯作業をおまけでする(特にタダで)」ことを売り物にしている翻訳者なんてろくなものじゃないとさえ思っていた。

起業して名刺にあれもできます、これもできますとたくさんの項目を書いている人を見ると、「結局、あれをやっても、これをやっても、それだけでは十分に仕事が取れないから何でも手を出しているのだろうか」と思うことがあるが、それと同様で、まともな翻訳ができない人ほど、あれもこれもと手を出したり、おまけをつけたりするものだからである。

ところが、私も、最近、終にエクセルの作表付きの仕事を受注してしまった。
これまでエクセルを使って上書きをしたことはあったが、いちから作表をしたことはなかった。
打診を受けて、どうしようかと思ったが、エクセルの作表にも料金が+αで支払われるし、
最近エクセルに強くなってきた息子もいるので、「エクセルできます」と言って受けることにした。

結局は、解説本を見ながら一人でほとんどやってしまったが、それでも初めてなので、作業代+αではつりあわないほど時間がかかってしまった。
でも、最初だからしかたがない。これで晴れて「エクセルで作表ができる」といえるようになったかな。

これも「不況の恩恵」かもしれない。仕事が溢れるほどある状態だったら、永遠にエクセルの操作なんて覚えようとしなかっただろう。


私の場合、これまでなまじ仕事が順調にあったおかげでどんどん仕事の幅が狭くなっていた。

この10年で、業務の中から、「通訳」が消え、その後、「中国語の入力のみの仕事」が消え、「作表などの付帯作業」が消え、「日中翻訳」が消え、「チェック業務」が消えていった。
さらにこの数年、「高度に専門的で、調査に時間がかかりすぎる仕事」も消えつつあった。

こうして「えりごのみ」ばかりした結果、私のスキルは偏ったものになっていった。
それも特に悪いことではないのだろうが、暇があるなら、少しは「軌道修正」して、マルチな私を目指してみようかなとも思う。
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by ymznjp | 2009-09-30 13:30

前回、ブログを書いたときから…。

仕事2本と半分やって…
その合間に本を2冊読んで…
娘の学校の講演会に行って…。

その他にもいろいろあって忙しかった。
仕事も面倒くさいやつばかりだけど、割合に順調に入っていて、
今仕掛けの分が終わっても、次の分も受注済み。

でも、いつまで続くかな。
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by ymznjp | 2009-09-29 09:09

先日、ふとしたことをきっかけに、30年以上も前、子供時代に読んだこの本のことを思い出した。
図書館に行ったついでに館内の端末で検索し、印刷した検索カードをカウンターに差し出すと、
その本は新品のような状態で書庫から出てきた。
あまり読む人がいなかったようだ。

アマゾンには次のようにこの本のことが書かれている。

「第2次世界大戦末期の、荒れはてたイタリアを舞台に、孤児グイドら“小さな魚”たちが、たくましく生きていく姿を描く。」

戦争で孤児となったグイドは、たまたま知り合った少女と幼児を守りながら、戦火を逃れ、北を目指す。
物語の最後、死と背中合わせの壮絶な旅をしてきたグイドたちを見て、初老の将校がそっけなく、「きたない」という。

その時、グイドが言う言葉が印象的だ。

「戦争や災難ーきっとそこに問題があるんだ。もし、ぼくたちのきたないとこだけを見て、なぜきたないのかを考えないあの男をにくむなら…そうしたら…そうしたら…ぼくがあの男とおなじになってしまうだろう。
ぼくたちが今まで生きぬいてきたことは、無意味なものになってしまう。(中略)ぼくたちが動物と違うのは、わかろうとすることだよ。」

おお、なんと含蓄のある言葉。

「戦争や災難の原因は、表面だけを見て、分かろうとしないことにある」。

そして訳者のあとがきには、「いい者と悪い者がいるかぎり、いや、そんな人間がいるのではなく、人間が、そんなふうな考え方をするかぎり、戦争はなくならないだろう」とある。

本当に。「いい者」と「悪い者」がいるわけではない。
同じものごとをあちらから見るのとこちらから見るのとでは、まったく違ったように見えることもある。
そこから考え方の違いが生まれるのかもしれない。
一面的な悪があると決めつけるのではなく、なぜ同じ人間でありながら、違った考え方をするようになってしまうのか、そのことを洞察しなければならないのだろう。

テレビや雑誌が、ある国や団体を悪だと言う時、立ち止まっていつもこのことを思い出そうと思う。
それにしても、こんなによい本なのに、どうして読む人が少ないんだろう。
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by ymznjp | 2009-09-17 17:21

さっぱり分からん

今日、夕食後、テレビを見ていたら、「生活保護の母子加算が廃止されて、貧困に陥っている女性と子供」が窮状を訴えていた。

母子加算が廃止されたので、母は一日一回しか食事が取れず、なんと体重は33kgに。

と言っているのだが、「子供が欲しがる4200円のトランプを買ってやれないので、代わりにチラシの切り抜いたもので遊ばせている」というのは何なのだろう。
なぜそんな高いトランプの話を引きあいに出すのだろう。
普通の子供が使うトランプなんてせいぜい1000円くらいのものではないだろうか。
何だか変な話。

その後、「入浴も週に1回しかさせてやれないんです」と言っていたが、「ガス15800円」と書かれている家計簿が映っていた。
親子2人で風呂にもろくに入っていないのに、15800円(たぶん1か月でしょう)も何にガスを使っているのだろう。

業界からの要請もないのに、「アニメの殿堂」の建設などを計画する一方で、母子加算を削る麻生内閣は狂っていたと思う。
ぜひ、余計なものを作る費用を削って、その分、貧困に陥っている母子家庭に援助してあげてほしい。
この番組もそれを訴えることを意図していると思うのだが、どうしてこんな説得力のない映像を見せるのだろう。「ぜひ母子加算復活を」と言いながら、本当は逆の印象を視聴者に持たせようという隠された意図があるのだろうか。

以前にも東大大学院を出ながら派遣社員となり、18万円の月収しかないという女性が「ガイアの夜明け」にでていた。そのひとも「収入が少なすぎるので弁当のおかずには梅干ししか入れられない」と言っていたが、一人暮らしで18万の収入があれば、都会の高い家賃を払っていたとしても、私だったらもっとマシな弁当を作れるのにと思ったものだった。あれも、「派遣社員の待遇改善を」と言いながら、それとは逆の印象を与える番組だったが、本当は何を意図するものだったのだろう。そう思ってしまうのは勘ぐりすぎなのだろうか。
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by ymznjp | 2009-09-12 00:08

すごい!かわいい!

この再現度の高さは何?服の色までちゃんと合わせているし。
神が細部に宿っちゃっていますね。


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by ymznjp | 2009-09-11 22:08

許してあげてほしい

息子のことは、「細かいことを気にしない」おおらかな性格だと思っていた。
だが、最近、「気にしない」のではなく、「気がつかない」のだということに気がついた。

先日、娘の買ったばかりの傘がなくなったのであちこち探し回っていたところ、息子がその傘をもって帰宅した。
「さっきからその傘を探していたのよ。どうしてTの傘を持って行ったの?」

息子はそれを聞くと驚いたようすで、「え、Tの傘だったの?」と言う。
その傘は紺色の傘だが、花の模様がついている女の子用の傘だ。
青い傘だから自分の傘だと思って持って行き、一日中、花の模様に気がつかなかったそうだ。

昨日も、夕食時に「戸棚から自分でお茶碗を持ってきて」というと、「どれだったっけ」という。
「どれだったっけ」も何ももう半年もその茶碗を使っているのに、どんな模様の茶碗かろくに見たことがなかったようだ。別に20も30もある茶碗の中から探せと言っているわけでもないのに、どうして分からないのだろう。

服にシミを付けてくることもしょっちゅうだが、息子の場合は、ある程度落ちればそのまま着せてしまう。どうせ何も言わないから。娘のほうは、いちいち細かいことに気が付くから、そういうわけにはいかない。

よく、「夫は私が髪型を変えても何も言いません」とか、「私が風邪をひいても知らんぷりです」などという女性がいるらしいが、うちの息子は絶対にそういう大人になると思う。
悪気はないのだ。ただ、「気づく能力」がないだけなのだ。
だから将来結婚してくれる人がいるならば、「許してやってほしい」と母の私からお願いしたい。
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by ymznjp | 2009-09-09 17:21

自力整体のすすめ

この年になるまで、座りっきりの仕事をしていても、ほとんど肩凝りや腰痛などに悩まされたことはなかった。
ところが、7月初めに風邪をひいたせいか、その後、娘のピアノ発表会があって冷房が効きすぎたホールで3時間座っていたせいか、首と肩の左側に強い凝りを感じるようになっていた。
夏の間、何度か整体院で施療を受けようかと思いもしたのだが、
平素から美容院でもマッサージを断るほど私は他人に触れられるのが嫌いなので、ずっとそのまま痛みを放置していた。

ちょうどそうしていたところに、ネットで自力整体のことを知り、さっそく生協を通じてDVD付きの本を購入し、この一週間、DVDを見ながら一人で整体に励んでいた。
多少痛みをともなう動作はあるものの、
のんびり身体を揺すったり、ねじったりするだけで、
身体の痛みを除くことができるばかりか、コアリズムやエアロビクスほどの負担もないのにダイエットにもなるという。

今でもすっかり痛みがなくなったわけではないが、凝った肩を気遣ってぎこちなくなっていた動作が、気が付いてみるとかなりなめらかになっていた。

まだダイエットのほうは実感できないが、このまま続けてみようと思う。

というわけで、身体の不調もなくなりつつあることだし、
ひそかにこのPVを見て真似してみようかと思っている。
この人のことは、息子が教えてくれたのだが、私のほうがすっかりはまってしまった。
何だかわからないけど、とっても楽しい。
楽しければ、何だかわからなくっても別にいいのよ…ね。


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by ymznjp | 2009-09-08 23:16

何だかひっかかる

民主党が勝った。

先週も近所の人と選挙の話をした。
「うちはもう子供手当もらえないから。配偶者控除もなくなったら困るし」と言っている人も。
だけれど、私は、うちの子供たちにもほとんど直接の恩恵がないとしても、子供のある家庭にはたくさん援助をしてほしいと思う。
だって、子供がこれ以上減ったらこの社会は立ち行かないのだし、うちの子供たちの将来だって暗いものになるだろうから。
それに今の若い人たちに比べれば、うちの夫が就職したころは雇用環境がずっとよかったし、その恩恵を受けてきたことを考えればしかたがないと思うことにした。

それにしても、このような子供手当の損得を論じるテレビ番組っていったい何だろう。
昨日見た番組でも、
子供のいる家庭が豪華な肉料理を食べて「これも子供手当のおかげだね。ガハハ」と笑い、
それに対して、子供のいない夫婦が暗い部屋にしょんぼりと座り、「もらいがないのに、配偶者控除がなくなってくやしい」と言っていた。

どうしてこういうミスリードをするのだろう。
もともと子供のいない人たちが自分の資源を自分のためだけに使って自由を謳歌しているのに対して、
子供のいる家庭は、保育環境が整っていないために共働きもままならず、さらに一人1千万とも2千万ともいわれる高い教育費も負担するという状況にあえいできたのではないだろうか。
経済的な負担以外にも多くの負担を抱えた子育て家庭がようやく2万ナンボの手当をもらって一息つくことを何か不当なものであるかのように思わせるテレビ番組って、いったい何を狙っているのだろう。
そんなことよりも、子供を育てることに対して社会全体が責任を負うべきだということをどうしてもっと言わないのだろうか。
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by ymznjp | 2009-09-01 16:45