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自分自身が見えない

先週の木曜日に高校の講演会に行って以来、なまけぐせがついたのか、あと僅かに残った仕事が片付かない。

金曜日は隣の奥様と午後いっぱいお茶をして、夜も仕事をせず、
土曜日は延ばし延ばしになっていた息子の誕生日のお祝いをするために、食事にでかけて、その日も一日中、仕事をせず。
日曜日と月曜日はだらだらと数時間ずつ仕事をした。

何となく、疲れがとれないような気がするし、集中力もない。

「もしかしたらうつ病?」と思いあたった。
最近、身近にやたらとうつの人が多いから、私がなったとしても不思議はないだろう。

うつの自己診断のサイトを探してやってみた。

その結果は、こんな具合だった。

「おそらく、うつ病にはならないでしょう
64点のあなたは、性格的に、うつ病にはなりにくいタイプだと思われます。
(中略)逆に責任感が強く、完璧主義な人ほどかかりやすい病気で…」

ということは、うつになりにくいタイプの私は、「責任感がなく、いいかげんな性格」なのだろう。

自分では仕事をしながら、「おお、何という責任感!!完璧主義!」と内心で自画自賛したりしているのだが、やはり先日も書いたように「自分が考える自分」と「客観的に見た自分」は違うのだろう。

何となく「うつっぽい」気分だったが、「うつになりやすい性格」について読んだだけで、「うん、そうだよな。私ってそんなに健気な性格じゃないもん」と納得し、ケロリと元気になってしまった。

やっぱりいい加減なタチなのである。
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by ymznjp | 2008-11-26 22:17

講演会に行ってきた

この人の講演会が息子の高校であったので行ってきた。

堅そうな内容だと思ったのだけど、説明も分かりやすかったし、最近のロボット技術の成果を動画で見るのは楽しかった。

うちの息子などは、こういうのを見ると、すぐにその気になってその分野に行きたいと言い出しそうだと思った。

「誰にもできないことを実現する」って、なんとも美しい言葉ではないか。
でも、それは実際には、楽しいことなのか、苦しいことなのか。

その成果を見ることは楽しいけれど、たぶんその裏には延々と日常の見えない苦労があるのだろう。

疲れたおばさんの私にはそちらのほうが気になってしまう。

過去に計7年(中断あり)もつくばに住み、「誰にもできないことを実現」しようとしている人達の姿をかいま見てしまっているからだろうか。

でも、子供たちは、まだ夢を見させる段階だから、別にそんなことを話してきかそうとは思わない。
今のうちにたくさん夢をみて、思いきり勉強してください。

おばさんの私には「ドラえもんをつくる」よりも、「ドラえもんが送られてくる」ことのほうが魅力的に見えるけど。
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by ymznjp | 2008-11-20 22:17


また彼女から電話があった。
前の電話から何か月たったのだろう。
あれから入院していたらしい。少し前に退院してきたと。
薬のせいなのだろうか。あまりにも小さく細い声で、聞いていると胸が詰まる。

「あら、よかったわね。年末は家で過ごしたいものね。
クリスマスとか、お正月とか」

そう言ってから、私は付け加えた。
「でも、この年齢だとクリスマスもつまらないわね」

そんなことを話した。

電話の後に考えた。

「今年はクリスマスカードを出そう」

恋人からでもなく、子供からでもなく…。
昔の友人からでごめんなさい。
でも、ちょっとだけでも笑えるよう、楽しくてかわいいものを買いに行こう。
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by ymznjp | 2008-11-19 07:52

卡查兵和毛哥的中文教室

こんなサイトをみつけた
ガチャピンとムックは5歳なのに中国語も勉強していたらしい。


ガチャピンはエアギター、ダイビング、スキーと多芸多才のようだけど、たったの5歳でどうやってこんなにいろいろとマスターしたのだろう。
それにひきかえ、四半世紀前から中国語をやっているけれどたいしたスキルも身につかず、エアギター、ダイビング、スキーなどどれにも無縁の私はどうしたらよいのだろうか。

うちの子供たちがもう少し小さかったら、こんな中国語教室もよいだろうけど、もうこれで勉強するには育ちすぎてしまっただろうか。

でも、ガチャピンだって何十年も5歳をやっているのだから、うちの子たちも5歳と2歳ということにすればいいわね。
だって、うちの息子ときたら、まだアンヨだってうまくできなくて、怪我をしたくらいなのだから。
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by ymznjp | 2008-11-17 08:40

まだちょっと早いけど



まだちょっと早いけど、思い出がいっぱいつまったクリスマスソング。

バブル景気の時代に上り詰めていくころのキラキラしたクリスマスのBGMだった曲。
なつかしくて何度も何度も聞いてしまう。

あのころには、こんなに寒い不景気の冬が来ることなんか、誰も予想しなかったね。
でも、今聞いても、この曲は楽しくて、やさしくて、元気がでる。


あんなバブルは来なくていいけど、悲しいニュースばかりの時代が少しでも早く去っていきますように。
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by ymznjp | 2008-11-15 12:47

仕事が忙しいと言いながら、「崖っぷち高齢独身者」(樋口康彦著)という本を読んだ。
婚活本らしいなので、既婚者の私が感想を書くと「上から目線」と言われそうだが、実におもしろい本だ。読んでみようと思ったのは、たまたまこの本のレビューをアマゾンでみておもしろそうだと思ったから(特に小谷野敦がレビューを書いていたから。私はこのひとの辛辣さが好き)。何がおもしろいって、「高齢独身者(高齢と言っても30~40代のこと)は悲しいほどに妥協しなければ結婚相手を見つけられない」と言っていながら、本人はまったく妥協しないところ。本人にしてみれば、自分は「高学歴」だし、「筋トレなどをして容姿が衰えないよう努力している」などの長所があるから、特別だとおもっているのだろうか。


しかし、独身者にしろ、既婚者にしろ、年齢が高くなると(30代とか、40代とかのことである)、自分で考える自分と他者からみた実像がますます離れていくようだ。
婚活とは、自分についている値札に見合う相手を探すことだから、自分の値札が見えなくなるとますます難しくなるだろう。
中年と言われる年齢になって、見せかけの若さをつりあげてそれを保ちながら相手を探すのは、そりゃもうたいへんなことだろう。私自身は、若くして結婚して損したと思うことも多いのだけれど、そういう難しい婚活に取り組む立場にならなくて、よかったと実感するような本だった。

最近、いろいろな雑誌などをみると、「30代でも40代でもモテ期」だとか、「いつまでもかわいくてセレブなママを目指そう」みたいな特集が多い。でも、私はもういいや。だって、最近、そういうものの影響か、「イタイ」ひとが多いんだもの。みんな「欲望という名の電車」のブランチみたいだ。
私はふつうのおばさんになれればいいや。
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by ymznjp | 2008-11-13 08:23

息子は全治一か月

階段から落ちてヒザを打ったのだそうだ。

交渉をして仕事の納期を伸ばしてもらったところだったのだが、それでできた余裕が病院に付き添ったり、学校に車で迎えに行ったり(行きは夫が送って行った)でかなり消えた。

ま、しかたがない。首の骨を折るよりマシだ。

大きくなれば、突然の病気で仕事に影響が出ることはなくなるだろうと思っていたが、こういうこともあるのだ。

10日に17歳になって、初めて「17歳」と書いたのは病院の問診表だった。
これで悪運は使いつくしたかな。
17歳、おめでとう。実り多い1年となりますように。
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by ymznjp | 2008-11-12 20:51

おとといから調子がおかしかったプリンタが昨日ついに使用不能となった。

字や罫線がずれたりぶれたりし始めたので、オンラインサポートに書かれている通り、ヘッドのクリーニングをしたり、ギャップ調整をしたりしているうちに、ますます滅茶苦茶になり、ついに判読できない文字しか出てこなくなった。

7月に買ったばかり。

前回、別のプリンタを修理に出した時には、保証期間中だったが、修理代金を請求された。
今度はどうなんだろう。普通に使っていたと思うのだが、こんなにあれもこれも壊れるのは、気がつかないうちに間違った使い方をしているからなのだろうか。

前回も今回も安い機種だから壊れやすいのかもしれない。でも、もし普通のテキストの印刷だけをしっかりできる機種なら別に高くても構わないと思っている。
なのに、高い機種にはいらない機能ばかりがついていて、たぶんその余計な機能のために価格が高く設定されているのだ。

インクジェットではなくて、レーザープリンタにしようかとも思ったが、近くの量販店で聞いてみるといつも店にカートリッジの在庫があるとは限らないという。
仕事で使う以上それでは困るので、結局は変わり映えのしない安物を買ったのだが、案の定、この始末。

結局、あれこれいじくって、半日がつぶれてしまう。そのせいでもう20日くらいまでスケジュールに余裕がなくなってしまった。
多少高くてもよいし、機能が少なくてもよいから、ガサツな私が使っても長持ちするプリンタはないのだろうか。
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by ymznjp | 2008-11-11 13:17

悲しい夢

仕事をしていると、原稿の中などに昔の知り合いの名前を見かけることが時々ある。

今回もそうだった。珍しい名前だし、間違いなく大学時代の友人だと思う。
ある時期には非常に親しくしていたし、20代の中頃までは連絡を取り合っていた。その後、私が結婚して転居を繰り返したり、友人の側が仕事で海外に住んだりしているうちに疎遠になってしまった。

苗字が変わっていないから、結婚はしなかったのかもしれない。
この文書に名前が出るということは、どこかで私と同じような仕事をしているということだろう。

思い立って、その名前を入力し検索してみた。
専門学校のHPの受講生欄などにちらほらとその名前があった。
つい最近まで、多くの人のようにいろいろな手立てを尽くしてこの業界の入口を探していたようだ。
そして、ついに仕事が得られるようになったということなのだろう。

こうしてある程度の消息は得たが、連絡する手立てはない。

あるいは、翻訳会社にこの文書について尋ねたら、何らかの情報が得られるのかもしれないが、それは非常識というものかもしれない。

そんなことを悶々と考えながら眠りにつき、夢を見た。

―暗い空の下、静かに雨が降っている。
ビルがあり、そこで何かの催しものをやっている。
階段にその催しに入るための長い列ができている。
ふとそこを通りかかると、その友人が並んでいるのを見つけた。
私は思わず声をかける。

「待っていてね。荷物をとってすぐ戻ってくるから」。

そう言って、私が荷物を取りに行き、早足で列のあった場所に戻ってくると、誰もいなかった。

―言いようもなくさびしい夢だった。
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by ymznjp | 2008-11-10 09:13

見てきたよ

5日は娘の学校が創立記念日で休日だったので、娘をつれてつくばに新しくできたショッピングセンター(イーアスつくば)に行ってきた。

その中にある映画館で「ブタがいた教室」を見るためにである。

見てよかった。

ヤフーのレビューを見てから行ったのだが、この映画の中にでてくる先生に反発する人がいる理由もわかった。
やはり実際に見てみないと分からないことがあるのだ。

映画の見せどころは、「ブタを食べる、食べない」の子供たちの白熱した議論であり、
その中で子供たちが、自分たちに託された「いのち」の重みに押しつぶされそうになりながら、涙を流して意見を言い合う。

「殺したくない」という思い。
殺すことになっても「何とか自分の気持ちを整理したい」という思い。

その切実さに私を含めて見る者は心打たれるのだが、
先生は自分がその重い問題を子供たちに背負わせたのに「さあ、どうするんだ」と子供にその責任を負わせようとしているかのように見える。

だけれど、この先生もまだ年若かったのだし、先の見通しもなくこれほど重い問題を抱え込んだからこそ、一緒に泣いて笑って、自分をさらけ出して成長できたのかもしれないね。

ただ、この「授業」では「命を食べる」ことを学ぶはずだったのだから、最後に食べることをしないで、食肉センターに送ってしまったのでは、生徒のセリフにあった通り「飼えなくなったペットを保健所に送る」のと同じになってしまったのではないだろうか。
何だか最後で少し問題がすり替えられてしまったような気がするのだが、実話なのだから仕方ないのだろう。
もし、子供時代の私がその場にいれば、「目をそらしてはいけないこと」だと思い、命が食べ物になる過程を必死で見ようとするような気がするが、こういうことに対する人の感性はそれぞれ違うだろうから、やはり実際に食べることは無理だったのだろう。

最後のシーン、子供たちが心を砕いて育てたブタが、食肉センターの人たちにモノのように運びこまれてトラックで運ばれていくシーンでは思わず涙がこぼれた。
子供たちにとっては、どんなに大切なブタでも、この瞬間からはモノとして扱われていくのだという非情さがつらかった。
いくら「食べることはいのちを引き継ぐこと」、「食肉センターに送ることはブタにとっての卒業だ」と言ったとしても、その先に「死」があることは事実として子供たちにはわかっていることなのだ。

映画で見ても、この切なさだから、実際に経験した子供たちはどんなにつらかっただろう。

だけど、こういう思いをしてよかったのかもしれない。
こんなふうに答はでないけれど「大切なこと」を話しあったり、「誰かの愛情を受けて育ってきた自分や他のものの命の重さ」を考えたりする機会は、大人になってもあまりない。
YouTubeでこの話を扱ったドキュメンタリーも見たが、大人になった彼らはこの経験をよい経験として振り返っていたようだ。
私自身も自分の子供がこういう経験を学校でしたならば、感謝するだろう。
レビューでは、「こんなことをしたらトラウマになる」という反対意見も多いようだが、
傷ついたとしてもその先に成長があるなら、経験しておいてよかったと思うことはたくさんあるはずだから。
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by ymznjp | 2008-11-06 14:23