<   2008年 01月 ( 10 )   > この月の画像一覧

「あの子のほうが、私よりずっと中国人なのに(日本人と思われているのは)ずるい」

娘が言った言葉。

娘の学校には、日本に帰化した元中国人の子が何人もいる。
お父さんもお母さんも、元中国人。
中国人の感覚で生活している家庭の子。
中国語ができる。
だけど、名前は日本人。
クラスの子は、名前が日本人だから、「华裔」だとは知らない。

それに引き換え、うちの娘は私が日本人の感覚で育てた子供だし、中国語も分からない。
中国は彼女にとって、外国の一つでしかない。
だけど名前が中国人だからみんなに「中国人」だと思われている。

それが何となく嫌なようだ。

わからなくもない。思春期のころには、何かがみんなと違うということだけでも嫌なものだ。

だけど、嫌中感があからさまに表れた言動が目立つ今、それが変な劣等感につながらないといも限らない。

こういう中途半端な立場に娘が置かれているのは、私と夫の責任だ。
娘はただ何も知らずに生まれてきただけ。

娘は何となく言っただけなのかもしれないけれど、それを聞いてから、心が晴れない。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-30 10:08

先日、息子が冬休み明けの試験の個人結果通知表をもらってきた。

今回の試験は、直前に中国に4日間行くという厳しい日程になってしまった。
私は、
「こういう時こそ、危機感が功を奏してアッと驚く高得点になったりするんだよね」
と息子に意地悪な冗談を言ってみたりした。

息子は、
「やめてくれ、プレッシャーかけるな」
と言っていたが、結果は、その冗談の通りとなった。

これまでの一年間で一番よい成績だった。

何事もそういうものかもしれない。
条件がきれいに整っているからと言って、それが必ずしも結果につながるわけではないよね。
悪条件でも、諦めなければ、結果がついてくることもある。

私も、息子もよい勉強をした。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-28 10:12

23日にレーシック(視力回復手術)のための術前検査に行った。

昨年末ごろ、知り合いの方のご主人がレーシックを受けたという話を聞いた。
10年位前だろうか、レーシックの手術には何十万円もかかるという話を聞いていたのだが、今は10数万円でできるという。

この数年、夏になると、メガネのツルがあたるこめかみの辺りに湿疹ができるようになった。
それで、このところ、金属アレルギーでも使えるというチタン製のメガネフレームに買い換えようかと思っていたのだが、気に入ったフレームが見つからず、そのままになっていた。

両眼で十数万円なら、メガネ2本分くらいだし、やってみてもいいなと知人の話を聞いて思った。

その後、電車で駅3つのところに「近眼手術」という看板がかかっている眼科を発見した。
「こんな近くでやっているのか」と思い、インターネットで電話番号を調べ、カウンセリングの予約を取った。
費用は「術前検査2万円、手術16万円、その後の定期検査1回につき2000円、その他薬代等実費」ということらしい。やっぱり安い。

カウンセリングの後、そのまま術前検査を受けた。
特に、手術をする上で問題になる点はないということで、来月8日に手術日が決まった。

帰りの電車の中で、「レーシックって、角膜を削るんだな」と改めて思った。
それを知らなかったわけではないけれど、改めて怖さが実感となってきた。
でも、予約してしまったんだし、十分か二十分我慢すれば、長年の友だったメガネから解放される。

それにしても、今は、朝、顔を洗って化粧して、心の準備をしてから、メガネをかけて自分の顔を鏡で見ているが、
視力がよくなってしまうと、いきなり化粧もしない自分の美しくない素顔と容赦なく向き合ってしまうことになる。
メガネをはずせば見ないことにできる風呂場の天井のよごれだとか、床の埃も、いつでもありのままに見えてしまうのか。

そっちのほうが、角膜を削るよりも怖いかも。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-25 13:28

貧乏性

このところ、仕事の波もひと段落つき、途切れない程度の受注量になっている。
半日くらい仕事をして、後は出かけたり、ビデオを見たりしてこの1週間くらいはすごしている。
こういう時期もないと、生活が破綻(もしくは精神が破綻)してしまうわけだけれど、ワーカホリック気味の私は何となく落ち着いて休んでいられない。

大きい仕事の引き合いがなかったわけではなかったからだ。
実は、2件、大きな案件の引き合いがあった。
どちらも最初に内容を聞いた時に、「納期もきついし、面倒くさそう。断りたい」と思った。
そしてどちらも一度は断ったのだが、
「全量引き受けられないのなら、受けられる分量を知らせてほしい」と言われたのである。
どちらもとても慎重に「できる分量」を見積もって連絡したところ、どちらも他の翻訳者にながれてしまった(らしい)。

このところ、気力も体力も落ちていて、「やっかいな案件を時間に追われながら必死になってこなす」のは真っ平な気分だ。
それに、時間がなくて、質の低い訳文を納品することになったら、立ち直れないくらい落ち込むだろう。
だから、そういう短納期の案件は、他の人に回してほしいと思っていたのだ。

…なのに、他に回ってしまうとまたそれもイライラしてしまう。

これまでずっと努力してきたのは、「仕事を選べるようになるため」でもあったのに、
いざこういうことになると、どうしてへこんでしまうのだろう。

ケチな性分。どうにかしたい。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-24 22:01

浜松のおもひで

そうだ、私も浜松に行ったことがあったのだ。
あれは20年近く前のこと、当時勤めていた会社の社員旅行で。

湖(浜名湖だ思う)の周りをぶらついて、鍾乳洞(?)みたいなものを見て。
他に何を見たのだっけ。

確かとまっていた旅館で宴会の余興として、「ウナギ運びレース」というものが企画されていた。女子社員一同で、ウナギをバトンの代わりに持って、リレーのようにそれを次の人に渡してゆくというもの。

何となくなりゆき上、私が最初にやることになった。
ヌラヌラしているように見えたが、力を入れて握ると、ウナギは案外しっかりとつかめた。
それをもって数メートル走り、次の人に渡そうとした。
が、受け取らないのである。

「キャー、気持ちわる~~い。そんなの持てな~い!」
彼女がどうしてもウナギを持とうとしないので、見かねた誰かが「もういいよ、次の人やって」と言った。
しかし、次の人も、その次の人も、誰もウナギに触ろうとしなかった。
そして、私以外、誰もウナギを運ばないまま、そのレースは終わったのだ。

ひどいよ。それじゃそんなに「気持ちわるい」ものを平気で握って走った私はどうなるのさ。

宴会場に呼ばれていた芸者さんに
「お嬢さん、ウナギ掴むの、本当に上手だわ」
とほめられたが、そんなことが上手でも別に何かのスキルになるわけでもないし。


と、浜松を思い出そうとして、「薄情な同僚たち」のことを思い出してしまった。
(今となっては、よい思い出?)
[PR]
by ymznjp | 2008-01-18 10:34

いってらっしゃい

息子は今日から演劇部の大会のために、ウナギイヌと小白さんの里、浜松に出かけていった。

数日前に、「浜松に行くのはいつだっけ?」と聞くと、「18日か19日だと思う」とまた生返事。

いい加減な息子だということを重々承知のくせに、これもまたいい加減な母の私はそのまま信じていた。
ところが、昨日7時ごろに帰ってくると、「浜松に行くのって明日からだった」と言う。

「えっ?それでもっていくものは揃っているの?お金はいくらくらい持っていくの?」

「この紙に、『6日間の日程のうち、数回は食事が出ない』と書いてあるから、多めに食事代を持って行ったほうがよいって先生が言っていた」

しかし、「多めに」と言われても、その「数回」が何回か分からないのだから、見当がつかない。

今回の費用は基本的には学校が負担するが、新幹線の指定席代は自己負担らしい。そのほか飲み物代等も多少は要るだろう。

「だいたい2万円くらいあれば足りるでしょう」と言って、2万円を渡す。(行ってしまった今になってから、足りるかな、とあれこれ指折り数える私も、本当にうかつ…。昨日は「ま、これくらいだろう」と根拠もなくいい加減な気持ちで渡してしまった)

それ以外にも自分のお金も小遣いとして1万円くらい持っていくようだ。

あたふたと下着を詰めたり、何だのして、何とか無事に出かけていった。

それにしても、もうそろそろ「前日になって言う」のはやめにしてほしい。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-16 14:43

だから言ったのに

月曜日の朝、娘が「髪の毛を切って」と言う。
娘は内気なところがあるせいか、美容院などに行って、知らない人に髪の毛を切ってもらうのを嫌がる。そのため、いつも私が適当に切るか、実家に帰った時に私の母が切っていた。


娘の髪の毛は私と違ってたくさんあってしっかりとしているので、洗髪後に乾かすのがたいへんだ。だから、切りたいと言い出したのだと思う。

中学生になったことだし、電車に乗って学校に行くのだから、ちゃんと美容院に行って切ったら、と言ったのだが、「行くのが面倒くさいから、さっと切っちゃってよ」と娘は言う。

しかたがないので、玄関前のポーチで、娘にビニールのレインポンチョを着せて私が切ることにする。
いつも娘は髪の毛を2つに分けて結んでいるので、たとえ多少へたくそに切ってもごまかせる。そういう油断があったせいか、昨日はつい右側を変に短く切り込んでしまい、その長さにうまくもう一方の側の髪の毛の長さを合わせられなくなってしまった。
ねこのおむすびの話のように「今度はあっちが短い、今度はこっちが短い」と思いながら切っていくうちに、収拾がつかなくなってしまった。

結局、娘を連れて、いつも私が行く美容院へ。
「すみません。家で切ったんですけど、変になってしまったので、短いところにあわせて切ってください」と美容師さんに頼む。
美容師さんはクスッと笑ったようだった。

美容師さんはさすがプロだ。ちゃんと見られるような髪型に整えてくれた。

ついでに私の髪の毛も切ってもらい、お礼を言って家に帰る。
その後は、玄関前の掃除だの、毛だらけのレインポンチョの洗濯だのに追われる。
こんなことなら、最初から美容院に行けばよかった。

「もともとケチるつもりはなかったのに、これでは、3000円ケチって大慌てするおばさんだと思われちゃったみたいじゃないの。今度からちゃんと美容院に言ってちょうだい」と娘に言い渡したら、娘には「自分で失敗して逆ギレ」と言われてしまった。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-15 10:06

それは誰のこと?

先日あるところから「フンさんの書類について」というタイトルがついたメールが来た。

「フンさん」ってどの字だろう?
後から、その書類がきて、「馮さん」だと分かった。
その他にも「ネーさん」も出てきたが、こちらについては結局書類が来なかったので、どの字か分からない。

長いこと、当然「馮さん」は「フウさん」だと思っていた。
大学では「馮雪峰」を日本語読みで読むときには「フウセツホウ」と読んでいたので。

しかし、夫の友人にも「馮さん」がいて、大学の先生も含めて、みな彼のことを「ヒョウさん」と呼んでいる。
私は当然「違うでしょ。その名前はフウと読むんでしょう」と言ったが、他の「馮さん」もみんな
「ヒョウさん」と呼ばれている、と言うのである。

ずっと最近まで気持ちの悪い思いを抱き続けてきたが、
こんな記事を見つけた。

ほら、やっぱり「フウさん」でしょ。

会社勤めをしたいたころ、取引先の会社に、「オウさん」と「ワンさん」がいた。
それぞれ自分でそういうふうに自己紹介をするのである。
私は勝手に「欧さん」と「王さん」だと思っていたが、後からどちらも「王さん」だと知った。

ほかにも、「N証券」のHPで「鄭州ガス」が「テウシュウガス」となっていたのもどうして?
「テウシュウ」?

本当に何が何だか分からない。
それにしてもいったいどうして「馮さん」が「フンさん」になったのだろう。
それに「ネーさん」っていったいどういう風に書くのだろう(聂nie⇒ネーかな)。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-09 10:31

だからちょっと待ってよ

昨年も一年間、翻訳ばかりしていたが、知財と環境保護・省エネの仕事が実に半数以上を占めていた。(私に仕事を回してくれるクライアントがそれ関係だからということもあるのだけど)

中国もせっせと環境保護と知財と省エネに取り組んでいるのである。

…と、わざわざ声を大にして私も言いたい。(もし、知らない人がいるならば)

「知財保護の研修に参加するために日本に来ている政府職員に対して、講師が『中国は困る。こんなに権利侵害をして』と言って彼らを怒らせた」というエピソードがあったらしい。
それはそうだ。彼らはそんなこと百も承知でそれを何とかしようとして来ているのだから、言い方には気をつけなければならない。「一緒にがんばりましょうね」とどうして日本側の講師はいえなかったのだろう。

まあ、かつて日本も「猿真似」といわれたわけだし、数々の公害だって引き起こしてきたのに、どうしてもっと冷静になれないのだろう。

本屋に並ぶ「危険な中国製品」、「汚染を垂れ流す中国」、「偽物大国中国」、「資源をがぶのみする中国」という毒々しい見出しのついた週刊誌の表紙を見るたびに、「ちょっと待ってやれよ。今何とかしようとしているのだから」と思ってしまう。

たしかにそういう面はあるのだろうけれど、何だか「ここまで言うか」と感じてしまうのである。
(日本だって、ろくでもない無駄なものに資源を使って環境に負荷をあたえたり、偽ものをあちらこちらで作ったりしているのに、である)


日本人の心の中にどす黒い悪意が渦巻いているようで、恐ろしくなる。
いったいどういう人たちが何のためにそういう感情をあおっているのだろうか。

それとも、毎日毎日、中国人が書いたものばかり読んでいるので、私が中国人よりの考え方をするようになってしまっているのだろうか。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-06 11:25

前に進もう

あけましておめでとうございます。

晴れ上がった美しい空の一日でした。
このところ、仕事は相変わらず、家族も相変わらず、私の性格の悪さも相変わらずの日々をおくっていました。

でも、新年はやっぱり前向きな言葉で始めたいものです。
何事も言葉にして初めて始まるのです。
暮れに、家に2人だけ取り残された娘と私は、「ルイスと未来泥棒」を見に行きました。
いい映画でしたよ。

あのメッセージの通りに、今年も「前に進もう(「向钱走」。えっ。違っている?)。
どっちが前だか分からないけれど。
きっと、鼻がついているほうが前だわね。
それにきっと「钱」があるほうが「前」だわね。
右と左をよく間違える私だけれど、たぶん大丈夫、前と後くらいは間違えないと思います。
[PR]
by ymznjp | 2008-01-01 21:51